野良馬ヒンヒン

思いつきを記録しています。下らぬものです。

自分の覚えている萌えオタク文化の始まり。

 

1972年生まれなので、ファーストガンダムブームは直撃でした。おもちゃ屋でズゴックのプラモデルを買ったのが出会いで、これはガンダムというアニメだということを認識したのが後でした。

 

友達に出来上がったズゴックを見せたら、周りで小さなガンプラブームのほうが先に始まり、アニメの再放送と合流したのを覚えています。そして世を挙げてのガンダムガンプラブームが始まりました。

 

友達よりも熱心にガンプラを作っていた自分は、ある日プラモデルショップで、ホビージャパンという雑誌を見かけます。これにはプロやセミプロが、かっこよく作ったガンプラの写真や製作レポートが乗っているのです。800円くらいしましたが、親にねだって三回ほど買ってもらったことがあります。

 

ガンダム以外にもプラモデルの完成品や制作記事が載ります。それの多くは戦車や戦闘機、何かしらメカ的なものや、怪獣がモチーフになっていました。たしかタイガー戦車団やSF3Dの漫画が連載されていたようにも憶えています。

 

つまりその雑誌は大変、男子的な物を扱っていたのです。大げさに言えば、マチズモでしょうか。それが萌芽していたのであろう、自分にはピッタリの内容でした。

 

がしかし。ある号の後記で、奇妙なものを見つけたのです。それは可愛い女の子を漫画的に描いたイラストを読者が投稿したものでした。

 

自分はそれを許せませんでした。なぜ許せなかったのかわかりませんでした。でも今になって思うと、それは男子的な嗜好を集めた雑誌で、どうして少女漫画みたいなイラストを投稿するのだろう、なぜ載せるのだろう、という怒りだったとおもうのです。

 

それ以降、ガンプラブームが終わり、ホビージャパンからも離れました。しかし自分としては、そういう絵をどこかで見かけることがあっても、ずっと許せなかったのを覚えています。なにか違うと感じていたのです。女の子向けの、女の子が描く漫画とは、違うのです。姉が読んでいた少女漫画を許せなかったということは、一切なく、共に楽しんでもいました。

 

そして高校二年の夏休み、埼玉の連続幼児殺人犯が捕まったのを、バイト中の工場の休み時間に社員さんから聞きました。捕まった男はいわゆるオタクだったのです。

 

そしてテレビやメディアで、オタクとは何かという情報や解説が流され続けました。中には、あの雑誌で子供の頃見かけたたぐいのイラストがありました。そうか、あのイラストから8年ほどで、こういう事になっていたのか。愕然としました。

 

自分が幼少の頃許せなかった一枚のイラスト。その頃からおそらく同時多発的に、似たような文化が、日本中で芽を出して居たのでしょう。そのイラストやそういった文化が、直接犯罪と結びつくわけではないので、社会的にも、自分的にも、いろいろな誤解がったわけですが、オタク文化の極初期にそれらしきものを見かけていたという経験があったことに、内心ショックがありました。

 

今思うと、それが萌え絵の始まりみたいなことだったのでしょう。だからどうだ、という話ではないのですが、それはおそらく1980~81年くらいのことです。神保町でその号のホビージャパンを探したのですが、見つかりませんでした。