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野良馬ヒンヒン

思いつきを記録しています。下らぬものです。

ジョージ・マーチンは落ちこぼれプロデューサーだった。

ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンが亡くなりました。合掌。90歳でした。

 

以前ダイアリーに

d.hatena.ne.jp

を書いたのですが、ジョージ・マーティンは、クラシック音楽を中心とした名門レコード会社EMIの子会社で、パーティーやコミックレコード製作会社であったパーロフォンのプロデューサーでした。

 

マーティン氏は、クラシック音楽好きでありましたが、正規の訓練を受けたことがなく、近親者からピアノの手ほどきを受けただけでした。空軍のテストパイロットとして終戦を迎えると、好きなことをやろうと、音楽の専門学校へ行きました。音大へ行く訓練などは受けていなかったためと思われます。

 

やがて卒業して、EMIに入りますが、音楽エリートぞろいの本社の中では窓際扱いで、やがて子会社へ。そこで、まあまあ楽しみながらコミックソングを録音してたりしたのですが、鬱屈した日々だったようです。

 

そこへゲイのマネージャーが連れてきた、田舎者の四人組。大人の男のくせにおかっぱ頭で、他社のオーディションには落ちまくりのくせに、生意気で騒々しいバンドでした。プロデューサーもバンドもマネージャーも、王道からはみ出した落ちこぼれでした。

 

それがなぜか互いに気に入って、波長が合い、数か月後には、落ちこぼれ軍団が、全英制覇、やがて世界制覇を成し遂げたわけです。

 

ビートルズの最後期には一旦、プロデューサーを解かれたり、傷ついたことと思われますが、最終レコーディングには呼び戻されアルバム「アビーロード」は最高傑作とも言われました。

 

実質な音作りは、アシスタントのジェフ・エメリックの手柄だとか言われましたが、やはり全体の音楽のアレンジなどは、ジョン・ポール・マーティンの三頭政治だったと思います。

 

しかしビートルズ解散後は、プロデューサーとして、あまりこれといった名作も残してはいないという評価もあり、ビートルズにまつわる不思議の一つでもありました。