自分はこれに当てはまる部分が多い。年収はもっと低いけど。
これを読んで、そうじゃないのよボーイ、と思った部分があります。
見た目に気を遣わず、消極的で、マーケティングできないことは、
それができない人には、自分の意志ではどうにもならないことなのです。
これを書いた人は、見た目に気を遣うのも、他人に対し積極的に行動するのも、自分を売り込むことも、簡単なことなのでしょう。
しかし、子供のころに誰かから聞かされなかったでしょうか。
「人間には、得意不得意があるよ」
「いろんな人がいるよ」
勉強ができても、運動ができないとか。
算数ができても、国語ができないとか。
絵は上手いけど、音痴とか。
苦手でできないことはだれにでもある。
しかし増田氏にしてみれば、上に書いたことは、簡単すぎるのでしょう。
だから誰にでもできるはず、それなのにやらない、だから良くないと考える。
しかしそれが生来できないのです。
苦手で考えるだけでもつらいのです。
先天的なものなのです。
思うに心が内向きなのです。
意識の根っこが外を向いていない。
リースマンの言う内部指向かもしれないし、
そういう脳みそなのかもしれない。
なので、他人は常に外にいるから、内向きの人間には接触の技術が難しい。
外に目が向いている人は、外界と自分の境目にあり、
外を向いている服装というものを自然に重要視できるのでしょう。
そしてそれを整えることや興味を持つことは自然であり、
それから得られる利益は喜びなのでしょう。
しかしそのように全く思えない。
言われてみればそうだけど。
本質的に興味がない。外からどう見えるかに深層で意義を感じていない。
だからセンスもないし、努力しても続かない。
積極性やマーケティングも同じです。
他とのかかわりより、自分の内側にある興味の方が大事。
そういう人間もいるのです。
じゃあ結婚したいとか言うなということですが、御説ごもっともです。正論です。
しかし壊れた人間であっても、機械ではなく生物なので子孫を残したい部分や、温かい家庭や、社会的により高いステータスに子供のようにぼんやり憧れたりもするのです。
それができる増田氏は「先天的に」それができる人なのです。
きっと素晴らしく楽しい人生を歩んでるのでしょう。
運よく、そのように生れた。
どのように生れつくかは、運なのです。