ハロウィンと反社会性
渋谷のハロウィン騒ぎを見てると
これが武器を持った暴動だったら、渋谷の警察は抑えきれないのではと思った。
5時に夢中!で、平山夢明も現代のええじゃないか騒動のようだ、
何か不満が溜まってるのか、と語っていた。
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ハロウィンが盛り上がるのに対照的に、町の祭りやクリスマスは鎮まっている。
古来からの祭りには、昔は農村生活からのカタルシスがあったかもしれないが
今はむしろかつての日本の面影を追うノスタルジーが強いかもしれない。
そしてクリスマスは家庭や仲間、恋人同士の平和のイベントだ。
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ハロウィンの独自性は不穏な事だろう。
モンスターの仮装や、お菓子という利益と引き換えに攻撃を避けるようなギミック。
生きているものではなく、死者の祭りである事。
渋谷でのそれは、不気味なメイクやコスプレを大人が纏うという形に発展し、
中には強い暴力性や直接的に死をイメージさせるものもある。
また性的に解放された衣装もあり、意図せずも全体に本来の道徳や社会通念を越えた感がある。
つまり平和と愛のクリスマスは鳴りを潜めたと同時に
無意識のうちに反社会性を帯びるようになったハロウィンが勃興したと言えないだろうか。
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これが現代日本を象徴した出来事でないことを願いたいと思う。