野良馬ヒンヒン

思いつきを記録しています。下らぬものです。

PERFECT DAYSを観てきた ~人生の影と見えないもの、消えゆくもの

話題のヴェンダース役所広司の映画、パーフェクトデイズを観てきた。

面白かった。

 

*

 

役所広司演ずる平山は、スカイツリー周辺の古いアパートに一人で暮らすトイレの掃除夫。

 

無口だが仕事熱心な職人肌。朝起きて布団をたたみ、盆栽に霧を拭いて、きちんと身支度をして表に出る。小さな自販機で買う朝食代わりの缶コーヒーを飲み、軽バンに乗り込み現場に向かう。きっちり仕事を仕上げたら、夕方は銭湯へ。その後、飲み屋で一杯という毎日を崩さない。

 

*

 

外国人監督が東京を撮ると、こういう映画になるのかという場面が多い。陰影の深い街、特に東京の東側の下町は、もう一人の主人公に見える。

 

特に初っ端の数カットは見慣れてるはずの町の風景。だがどこからしら光陰の射し方や色合いや角度が違う。外国人監督だからだろうか。なんとなくおとぎ話の入り口に見える

 

多くのシーンの柔らかく明るい映像が印象的だが、反対に中心にあるイメージはおそらく「影」。

 

例えば平山が眠るときに見るモノクロの夢。フィルムのコンパクトカメラで撮る木洩れ日。木陰をもたらす神社。ラストで行われる行為。平山が就いている仕事は社会の日陰の仕事だし、主な舞台となる東京の東側というのは、東京の影の部分と言えなくもない。

 

そして平山の暮らしの中にあるものは、うつろう影のようにやがて消えてゆくが多い。フィルムカメラ、現像屋、下町、銭湯、カセットテープ、古本、本、古いアパート…。下町に近づく再開発の予感もなくはない。

 

さらに外国人から見ると日本にしかないものがモチーフになっている。軽自動車、きれいな公衆トイレ、神社、ドリンクの自販機、缶コーヒー、畳の部屋。これもこじつければ、西洋から見た東洋という傘の影の下の文化なのかもしれない。

 

こうした題材を集めて無理なくつなげ、何か起こりそうで起こらない、予感に満ちた物語。観る側がイメージや憶測で物語の背景や、その後を膨らませるタイプの映画。

 

何も起こらないというのは、物語の展開を軸にするのではなく、人物と生活、設定をそのまま見て欲しいということだろう。

 

そういえば主人公には職場の仕事仲間以外に友人というものがいない。昔の大人は友達友達と言わなかった気がする。平山には一人自立している様子がある。そもそも人間は一人では幸せにはなれないのだろうか。平山の最後の笑顔が印象的だ。

 

古き良き日本人の生活と気質、消えゆく生活。コレを日本人が撮ってもあまり話題にならないかもしれないけど、こうやってヴェンダース役所広司に見せられるとやっぱり新鮮で良い。

 

*

 

平山が聴いている(=劇中に流れる)音楽もとても良い。アニマルズ、ルー・リードパティ・スミスヴァン・モリソン…。特にルー・リードのアルバム『トランスフォーマー』は印象的に劇中に登場し、アルバムからのパーフェクトデイという曲が映画の題名になっている。

 

youtu.be

 

youtu.be

 

陰鬱なメロディで始まる歌は、なんということのない、それでいて美しい休日を描写しながら始まる。

 

Just a perfect day Drink Sangria in the park

完璧な一日さ 公園でサンガリアを飲んだり

 

(中略)

I thought I was someone else, someone good

もっと素晴らしい誰かのように、自分を感じることができたよ

 

そして解放されたように高らかに

 

you just keep me hunging on

 

と歌われる。

 

訳詞方は色々あると思うが、

 

君のおかげで生きていられる…

 

という感じだろうか。

 

とてもおすすめ。

近隣の楽器屋さんがほとんど島村楽器になっていた

たまには楽器屋さんでも覗こうかと検索すると、ほとんど島村楽器

それ以外の楽器屋さんは自分には無関係のジャンルのものだけ。

 

あとは〇〇鑑定団的なところが、中古楽器屋の役割を果たしている様子。

多様性が無くなりました。

 

いやいや、まだ島村や鑑定団が行ける範囲で有ることは、恵まれているのだろう。

今後、それすら厳しいなんてことも、ありえなくない。

楽器なんて贅沢な趣味、になってきているのかもしれない。

こわいわ・・・

90年代以降、ローリングストーンズのジャケットがダサい。

90年代以降、ローリングストーンズのジャケットがダサい。

 

毎回ガッカリするのだが、案外触れている人がいない。

 

個人的には81年の「タトゥーユー」はかっこよかったと思うが、それ以降のオリジナルアルバムのデザインは好みじゃない。

 

あなたの感想ですよねと言われればその通り。

 

人の仕事にごちゃごちゃ言うなと言うのもまた然り。

 

しかし期待して長年待ってコレか〜という気持ちになる。

 

そもそも中心メンバーのキースリチャーズ自身が、近作のアートワークはどんどん悪くなると諦め風に語っていた。(しかし近作といっても、ここで取り上げたものは期間で考えると、彼らの歴史の半分以上の30年間くらい及ぶのだ。恐ろしい)

 

不満があるのは、自分とキースだけなのだろうか。

 

 

特に89年の「スティールホイールズ」以降のつまらなさが残念。

ベスト盤みたいな味気なさ。久しぶりのオリジナルアルバムということで、当時勇んだものの、ジャケットがつまらなくて萎えた。

 

 

 

続いて94年の「ヴードゥーラウンジ」。虫人間が踊ってるぞ。

ガッカリびっくり。これも安っぽいし、かっこよくない。よく反対意見が出ないな。

 

 

97年「ブリッジズ トゥ バビロン」。力は入ってますけど、アゴがエキゾチックなライオンの絵。意味不明。少年漫画に出てきそう。

 

 

 

次は「ビガーバン」。05年。宗教画風に驚いているメンバーの絵。これも個人的には「何なの?」という感じ。こっちが驚いた。

 

極め付けは「ブルー&ロンサム」。16年。

これはブルースのカバー集で、内容は素晴らしい。なのに単に青いベロ。助けて。

 

 

そして今年、もしかしたら最後の可能性も高い、ニューアルバム。「ハックニーダイアモンズ」。 昔のデパートや化粧品の広告みたい。資生堂とか。

 

 

 

 

ただ編集盤はむしろかっこいいし、キースのソロもずっとカッコ良い。

 

 

 

 

 


オリジナルアルバムのイラスト路線のジャケットはもしかしてミックが決めているのではないか、と踏んでいる。

コレがミックのファーストソロのジャケット。

 

やっぱり戦犯はミックだと思う。

 

 

 

映画「君たちはどう生きるか」と考察ブーム

映画「君たちはどう生きるか」を観てきました。観客たった5人。

 

凡人からすると「狂人の美しい夢」をのぞいているようなわけのわからなさだった。

 

ただ面白いことは面白い。映像、キャラクター、細かな背景の楽しさにも引き込まれる。

 

おそらくは暗喩にまみれているのだろうけど、物語そのものをストレートに理解して感動できた人はどれくらいいるのだろう。

 

そこで帰ってきて様々な考察を見ると、なるほどなあと思うことしきり。これはこれで面白い。

 

反面、考察がないと飲み込めない表現というのも抽象度高すぎではないかという疑問も起こる。

 

メッセージがあればまっすぐ文章に書けば良い。その方が誤解が少ない。

 

しかしながら物語仕立てにしてしまうのは、アニメ作家の性なのだろうけど。

 

音楽は究極的には個人の中で消費されるが、物語は考察を通じて多くの人で掘り下げることができるのは大きな魅力。

 

これは小学校の国語の教科書から我々はやり続けていることでもある。

 

だけどやがて考察任せのようなものは、行き過ぎという声も出てくるのではないだろうか。

 

映画「生きる-LIVING」(カズオイシグロ脚本)を観た

オリジナルよりも、スマートで紳士な感じの「生きる」という感じでした。

 

元祖の持つ匂い立つような剥きだしの生命力みなぎる戦後感は当然ないのですが、イギリスの古い役所や役人の仕事・生活はこうなんだなと識る喜びがありました。映画の中に異国の生活のディティール感を求める人には良いと思います。

 

特に背広。スーツ。これが好きな方にはたまらないでしょう。山高帽をかぶった英国紳士たちの仕立ての良さそうなスーツ姿が佃煮の詰合せのようにスクリーンに登場します。

 

本来ドラマティックなはずのストーリー展開も、極端に寓意的な黒澤版よりは穏やかに演出されております。

 

イギリス映画らしく(?)美男美女総出というよりは、やや地味目な人たちがジワジワと魅力を出してくる役者さんぞろいです。ちょっと宇津井健ふうの主役のビル・ナイも然り、サバンナ高橋ふうの助演のアレックス・シャープも然り。

 

日本版で主役に精神的再生を与える「小田切みき」役にあたる「ミス・ハリス」のエイミー・ルー・ウッドも、美形ではないけどとても魅力的。主役の元上司にきちんと意見をするという良い役を演じておりました。

 

最後に流れが反転する部分もソフトで、これはこれで後味が良かったのだろうと思います。

 

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RRRを遅ればせながら観たのだが

ちょっとバイオレンスが過ぎるけど、3時間弛まずアイデアを山の如く詰め込んで、テンポ良し、スピード感も情緒もあり、ダンスに恋にアクションにエンタメとして文句無し。

 

しかしメタ視点ではイギリスの人はどう観たのだろうかと心配なくらい「反英」。

 

とにかくイギリス側が血も涙もないくらい非人道的に描かれ、その憎々しさへの反発であとに続く怒涛のご都合主義も許せちゃうくらい。

 

そう言う効果があるのも理解しつつも気になる。よく考えるとかつてアジアであった「抗日ドラマ」のような物である。

 

前半2/3はとにかくインド人が虐められる。残りはイギリス人がバンバン殺される映画。熱狂したであろうインドの人たちと、うんざりしただろうイギリス側。そう思うと少し複雑である。

 

 

エンペラー・オブ・ライトを観てきた

エンペラー・オブ・ライト

 

 

80年代イギリスの南岸の田舎町の海沿いに建つエンペラーという古い映画館での話。

 

主人公は生真面目に働く中年女性。同僚たちは少し気難し気な小柄な老人の映写係。シンディ・ローパーみたいなメイクの女の子。その他、青年たち。そして少し偉そうな支配人。

 

そこに大学浪人中の明朗な黒人青年が加わって話が始まる。

 

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大きな物語に引っ張られて振り回されるような話ではなく、エピソードやシーンの一つ一つが積み重なり、その中で印象的なセリフや芝居、生活感のある描写を楽しむような映画。

 

印象的だったのは、詩や歌が控えめながら効果的に使われている。

 

休憩室で従業員たちは楽し気に会話を度々している。その中で「歌」についてよく話されている。

 

主人公と映写技師は詩人の書く「詩」について会話をし、若者たちは当時のトップ10ヒットを「ウォークマン」やラジカセで楽しみ、新入りはスカなどの「2トーン」ミュージックを愛好してると話す。

 

それぞれの世代の歌を楽しみ、それが彼らの内面とつながっているように見える。他の世代の好みを否定したり、分断されてるような描写もなく、休憩室の様子は微笑ましい。

 

そして主人公は家に帰ると自分の世代的なストライクなのだろうジョニ・ミッチェルボブ・ディランキャット・スティーブンスなどSSWの曲をかけている。

 

特に主人公が引きこもるシーンで流れるボブ・ディランの「イッツ・オーライト・マ」は印象深い。

 

ディランのこの曲のテーマは死や反権力や反戦に思えるが、歌詞を読んでも難解すぎてストレートには理解できない。だがこの曲の混沌が主人公の内面の混沌と通じているようだし、ディランの詩の難解さは他者から見た彼女の存在の難解さと似ているのかもしれない。

 

救いになるシーンは老映写技師と彼女の交流である。わずかではあるが彼らは普段から「詩」について語り合う仲のようで、それは互いを人として信頼しているように見える。

 

*

 

なんとなく不思議なのは、音楽が適切で雄弁な割に意外にもあまり「映画」については直接語られることも描写されることも少ない。古い映画館の物語ならだれかしらに映画愛を語らせたりしそうなものだが、さほどでもない。

 

主人公も真面目なせいか、ここで映画を見たことがないという。生真面目と混沌の二つの内面を行き来する主人公が、ある日、就業時間の後に映画を見たいと願う。小さな逸脱。そこで映写技師が流したのは、ピーターセラーズ演ずる純粋な愚か者が世間を魅了する話の「チャンス」であった。これもさり気なく見せるだけ。

 

全編さり気ない演出でやや薄味に思えるかもしれないが、観終わってから反芻するとどのシーンも意味がありそうで良い映画であった。

テレアポ電話営業の業者って、個人データを集めてるのか

職場に迷惑FAXが届く。届いた紙には、こういったFAXの連絡が不要なら「不要である」と返信してくださいというメッセージと、返信FAX番号が書いてある。

 

真に受けて実際にそのようにするとその発信元からは確かに受信しなくなる。しかし別の発信元から、これまでより多くのFAXが届くらしい。彼らは反応を記録し、確率を上げるため活用している。

 

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振り込め詐欺や押し入り強盗に使われているという被害者の個人情報データ。いわゆる「カモ」のデータがあるという。

 

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NTTの代理店や電気料金を下げる話や不用品買取の営業電話もかかってくる。あれが個人宅にかかってきた場合、電話に応対した人間の属性がデータとして抜かれているのではないかと勘繰ってしまう。

 

例えばこの番号はこのあたりの住所で、若い女で、年寄り一人住まいで…のように。毎日複数で数百件かけ続ければ相当なものが集まると思う。さらにそれを複数のデータと組み合わせると精度が上がる。

 

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以前からテレアポ営業・ファックス営業はやめて欲しいと思っていたが、線引きが難しそうなので無理だろうとは思う。

 

しかしすでに固定電話には出れないような時代になってしまった。現に高齢者はおいそれと出ない人が多い。なんらか対応をしないといけないのではないか。

 

 

「さかなのこ」を観た。

 

最初は絶対見ないタイプの映画だろうと思っていたけど、ネットでは意外にも「傑作!」と絶賛する人も多い。

 

時折見ているyoutube配信、漫才師の米粒写経の「映画談話室」では、試写で観てとても良かったという映画評論家の松崎健夫氏の話があった。年に数百本を見るこの人は、めったに映画の内容に入り込むことは無いのだけど、この映画は後半とても感情移入してしまったという。そんな見巧者が、それだけ素晴らしいと言うなら見て見ようと思った。

 

 

 

米粒写経居島一平氏は上の映像の通り、当初は予告編見てイラついたから絶対見たくないということだったが、ひと月後の配信では実際に観て印象を訂正している。

 

 

 

自分としてはちょっと長い。三つのパートに分かれているのだけど、真ん中が長い。もしここが短いか、無かったら、もっと鮮烈な印象になったのではないだろうか。

 

最後の展開で〇〇が××したというのも、なんとなく安直で首をひねる感じがあった。事実ならば仕方ないし、寓話的な物語で子供向けでもあるのでこういう形にまとめたのかもしれないけど。

 

そういうマイナス点もあれど総合的には良かった。傑作までは行かないけれど。性善説のファンタジーなのだけど、成功の裏側のダークサイドもチラリと触れているので、バランスが取れている。

 

どことなく不安定で不穏な雰囲気の画面や間合いも独特の魅力があるし、子供時代の主人公役の子役や、「カミソリ籾」役の岡山天音も、この世の人ではないような儚げな魅力があった。さかなくん本人の役も意味が深く、面白みを与えている。

 

なんて書いているけど、実査に観終わったときは、長かったなー、という程度の感想だった。それがなぜだか、その後数日間この映画について考えているのだ。観た後、やっぱりあのシーン、あの雰囲気良かったなと反芻してる内になぜか印象が良くなっていった。

 

実は岡田斗司夫氏もそのようで、こんな動画を出している。

 

 

 

この動画で氏が語る様に、観た後ずっとこの映画について考えてしまう、何がいいのか上手く言えない良さがある不思議な映画なのだ。

 

 

安倍さんは一次と二次の政権で大分変ったように見える。そこが安倍政治を振り返るポイントではなかろうか。

 

*

 

安倍さんは第一次政権では保守色はそんなに強くなく、所信表明も「小泉改革を引き継いだ構造改革を目指す」であった。

 

小泉改革は『聖域なく』がポイントで、聖域とは抵抗勢力の「官僚・族議員天下り」であって、そこも容赦なくやりますよということ。政治主導を取り戻しますという宣言だろうと思う。

 

だから敵設定である「抵抗勢力」は野党ではなく官僚組織、族議員天下りだった。このころは安倍さんから野党への野次なども印象がない。

 

しかしその結果、安倍さんの最初の政権は、官僚からのアシストが少なく、もしくは足を引っ張られたか、まるで「どこか」からかリークされたようなスキャンダルが政権内に連発された。そして参院選で大敗し、内閣改造も失敗し、総理・総裁を降りた(ように見えた。体調云々は後から広く知られたはず)。

 

自民党政権はその後、福田、麻生と転がり野党へ落ちた。

 

小泉政治が盛り上がったのも、安倍さんが参院選を大敗したのも、民主党が政権を取った時も浮動票が動き、高い投票率となった。それを盛り上げたのはマスコミだった。メディアが盛り上がれば、投票率が上がり自党は不利になる。自民党は浮動票の怖さが身に染みたと思う。

 

その後、やはり構造改革路線を実質継いだ民主党も、「事業仕訳」が官僚の逆鱗に触れたのか皮肉にも安倍政権と似たように崩れていった。

 

政権の維持に必要なのは、官僚と浮動票の対策である。

 

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第二次安倍政権は良く知られた通りだが「聖域なき構造改革」というワードは聴いた覚えがない。むしろ財務省とは消費税と金融緩和をバーターし、財務省の代わりに経産省を抱き込んだように見えた。官僚とは「取引」をしたようだった。

 

抵抗勢力」という言葉も消え、その分、野党やリベラル勢力をあまり上品ではない野次で攻撃した。そしてなぜか議論はしないのに改憲を「掲げ続け」た。これらは保守票へのパフォーマンスにも見えた。

 

メディアや総務省に強い世耕氏や菅氏を要職に据え続け、マスコミ対策=浮動票対策も成功。投票率は下げ止まったままになった。

 

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安倍さんは何をしたかったのか、正直良く分からない。とにかくもう野党に堕ちたくないという恐怖感だったのではないか。そのために重視したのは投票率を上げず、固定票・組織票を固めてようという方針だった。宗教組織の力にも頼り、それがあの銃撃につながったのかもしれない。

 

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安倍さんは本質的にそんなに保守でもない。これはBSTBS報道1930で元自民党古賀誠氏もそう言っていたから、同じように考える人も少なくないと思う。

 

一体、何がしたかったんだろう。そんなに改憲したかったら、9年間の総理在任期間にもう少し進めても良かったと思う。本当は荷が重かったのではないか。

 

第二次政権でやりたかったことはとにかく下野したくない、与党でいたい、そのために選挙対策しようということだったのではないか。亡くなった人に悪いが、空っぽの大きな箱だったようにも見える。

 

あの第一次政権の後、野党になった時、安倍さんはどう過ごして、何を考えたのか。あまり伝わっていないが、日本のこの直近10年を振り返るポイントだろうと思う。

ジェームス三木の「翼をください」

ジェームス三木というと「春のあゆみ」スキャンダルを思い出してしまう下衆な自分が嫌になりますが、名脚本家であります。

 

例えば江口洋介のデビュー作「翼をください」。

 

 

同じ町に進学校と落ちこぼれの学校。別々の制服なので町の人にも比べられる。

落ちこぼれ校に新任の「イマイチ」先生がやってきて生徒を焚きつける。

「お前達の不平・不満を地域の人達に聞いてもらおうじゃないか!」

やがて心を開く生徒たち。発表をする文化祭の日が近づくが‥‥

 

生徒が次々に思いの丈を話しだすシーンの演技とは思えないリアリティや

様々な妨害を乗り越えた先のエンディング

教師役の鶴太郎の熱演など見どころが沢山あります。

 

演出は富澤正幸。おんな太閤記やチロルの挽歌、春日局の名将です。

生々しいほどの生徒たちのシーン、どうやって演技をつけたのでしょうか。

 

リアリストのジェームス三木が贈る青春賛歌なので、大人も惹きこまれます。

ジェームスにとっては異色作かもしれません。

小品かもしれませんが、その分純度の高い良い作品です。

あまりの反響に何度も再放送され、舞台化も度々されています。

 

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本放送時に中学生で、たまたまNHKで見ておりました。

次の日学校に行くとヤンキー系の女子が

「昨日いいドラマやってた! 見た? 見た?」

と周りに話していたのが印象的でした。

あの子は元気かな。

 

80年代に中高生だった人は是非是非。今ならフル尺で上がってます。

 

 

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むかしのNHKは単発のさりげないいいドラマがあったなあ。

 

 

平面志向のモール。縦型だったショッピングセンター。

長年地域に根強いてきた大型総合スーパーが閉鎖して6年ほど経った。

 

跡地は大きな倉庫になった。中身はネットショッピングの在庫らしい。

 

流通の変化に沿った変容が象徴的だ。

 

 

少し離れたところにホームセンターと食品スーパーが合体したショッピングモールができた。

 

近所のご老人たちは、昔のあの総合スーパーの方が良かったと嘆く。なぜか。

 

総合スーパーは縦に高い建物だったので、エスカレーターを使えば無駄に歩くことが少なかったという。

 

今行く、ホームセンターも食品スーパーも平面的な構造なので、あっちこっちに歩いて時間がかかるし、疲れてしまうらしい。

 

若い世代には似たようなものに見えるが、言われてみるとその通り。

 

どうして近年のモールは平面志向なのだろうか。

 

 

つい先年まで首相であった与党の最重要クラスの政治家が、月3万8千円の部屋に住む無職の氷河期世代に自作の銃で撃ち殺されるというのは、日本の歴史上でも最大級の格差のテロではないだろうか。その動機が辻褄の合わない話というのが、現代の混沌である。この事実以上の言葉は出てこない。