野良馬ヒンヒン

思いつきを記録しています。下らぬものです。

アマゾンプライムのビデオをちょっと見てみた。

映画は見たいものは有料が多く、とりあえず無料で見れるものから探そうと

アマゾンのオリジナルなのか、どこかからかの供給作品なのか分からないけど、

アメリカ産のドラマを見てみようと考えた。

 

しかしどれが自分に合ってるのか分からず、なかなか選べないなあ、と

思っているとHBOというシリーズがある。

HBOというのは、ドラマが高評価な有線テレビ局らしい。

セックスアンドシティとかが製作されたという。

ここで作っているのものをいくつか途中まで見てみた感想。

 

*

 

show me a hero 

あるサイトの作品紹介には「本作は、1980年代後半から1990年代にかけてニューヨーク州ヨンカース市で実際に起こった、住宅問題をめぐる人種間の対立に政治家生命を賭けて戦い抜いた最年少市長の、波乱万丈な人生を描いた社会派ドラマ。」とある。

 

感心したのは、80年代の街並みや小道具がなんとなくそれらしい。きっとこんな雰囲気だったんだろうなぁという感じが出てるように見える。

 

内容的には、政治モノなので分からない部分もあるし、地味だ。でも続けて観てると面白くなりそう。

 

 

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vinal ヴァイナル 

70年代のおそらくアトランティックレコードを舞台にした、音楽業界の内幕モノ。スコセッシとミック・ジャガーのプロデュースらしい。

 

じゃあ、主人公である社長はアトランティック社長のアーメット・アーティガンなのかと思うとそうではない様子。もっと若くて、滅茶苦茶な人間が主人公の設定。

 

一話を見てるとただ単に社長と取り巻きが薬物でラリッてるだけ。音楽の制作については全然出てこなくて、あまり面白くない。と思ったら第一シーズンで終わりらしい。

 

もう少し見てもいいけど、あんまり期待できない。

 

 

 

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クォーリーと呼ばれた男 

 

70年代のメンフィスを舞台に、ベトナム帰還兵が殺し屋エージェントに巻き込まれていく。

 

71年のメンフィスということで、南部ソウルが好きな自分としては、その頃の街並みや雰囲気の再現を見てみたいという気持ちで鑑賞スタート。

 

主人公は音楽好きということらしく、所々でスタックス劇場やオーティス、サムアンドデイブのレコードや曲などが挟み込まれて、製作者も好き者なんだろうと思わせる。かといってそれらがストーリーや、登場人物の内面や背景にかかわってくるわけでもなく、小道具程度なのが、ちょっとつまらない。

 

内容はかなりハード。毎回人がちょっとエグい死に方をする。だいたい毎回ハード目なラブシーンもある。なんとなく色んなものが暗喩的に示されるのだが、不思議に見えるだけであまり引き込まれない。

 

もう少しで視聴が完走するのだけど、雰囲気だけで終わってしまうのではないかと心配。これも第一シーズンで終わりらしい。

 

 

 

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大体、三本のドラマともに、暴力とラブシーンが適度なところで織り込まれていて刺激的ではある。さらにミステリー仕立てで話を引っ張られる。しかしながら、十回前後のシーズンをこれだけで引っ張られても、ちょっとつらい。中身は余り濃くなくても、演出や脚本のテクニックで連れていかれる感じがする。それを感じてしまうと、冷めてしまう。

 

さらに三本とも、微妙に昔の物語なのだ。おそらく50-70代の視聴者のノスタルジーも意識しているのではないだろうか。その分、小道具やセット、背景のクオリティーも高めないといけない。この辺は結構ポイントなのかもしれない。

 

できれば、4回ぐらいで濃いめに終了してもらえた方が、嬉しい。

 

 

 

「巡恋歌」は長渕+ティンパンアレイだった

長渕剛巡恋歌という曲は、バックが半分ティンパンアレイ。

 

ギターと編曲は鈴木茂

ドラムは林立夫

ティールギターは駒沢裕城。

ここまでティンパン関連。

その他、ag石川鷹彦、bs田中章、ep渋井博。

(ベースの田中章ハックルバック田中章弘とは同一人物だろうか。

だとしたらこの人もティンパンアレイ系列だ)

 

この座組はこの曲だけみたいだけど、ちょっと驚いた。

 

https://www.youtube.com/watch?v=i8iGpGfCY-w

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A1%E6%81%8B%E6%AD%8C

夜の過ごし方に行き詰まって、井伏鱒二の詩を読んだ

夜寝る前にテレビを見てもつまらない

ネットを見てもパッとしない

自慢か、他責の行進だ

 

だが本を読もうにも集中力が無い

長い小説など読み切れない

 

ということで詩でも読もうかと名詩撰の類いを買って読んでみた

大概は明治から戦後すぐまでの熱いタマシイの咆哮風のものである

現代にはちょっと温度が高すぎる

 

その中で風変わりなのが井伏鱒二だった

呑気なオジさんののんびりしたユーモラスな文体だった

 

そこで井伏鱒二詩集を手に入れて読んだ

そこはかとないユーモア

青春の激情とも恋愛の焦燥とも無縁

かといって深い意味もありそうななさそうな

詩というよりもメモ書きみたいな散文である

それでいてどこかシンとさせる

 

こういう人に私もなりたい

 

 

昭和に帰りたい。

昭和に帰りたい。

 

昭和に帰りたい。

 

昭和に帰りたい。

 

昭和に帰りたい。

 

昭和に帰りたい。

 

昭和に帰りたい。

 

 

 

こういうことを書くと、「昭和は…だから、昭和がいいというのは幻想、老害の想い出補正」と叩かれそうだけど、帰りたい気持ちは変わらない。

毎年毎年、日に日にその気持ちは強くなる。

あした昭和になればいい。

 

*

 

それにしても、昭和を否定したい子たちは、なぜそんなにまで執拗なのか。

単なる他人のつぶやきまで耳をふさぎたいのか。

ナイーブ過ぎないか。

今を否定されるのが怖いのか。

今の時代性の悪さを本当は身にしみて感じているのか。

それとも嫉妬か。

 

 

客もまた、行きたくない店がある。

もともと好きな店じゃないんだけど、数あるネットショップでもだめで、他の量販店でもだめで、どうしてもそこでないと購入できない理由があって、ある大型家電店に行ってきた。

 

少し訳ありなので二回事前に足を運び、別々に店員さんに事情を話して説明を受けたのち、三度目の来店で取付の必要な家電の取付見積もり願いを三人目の店員さんに頼んだ。

 

最初の二回はまあまあよく話聞いてくれる店員さんだったが、三人目はどうにもならない。無表情にかったるそうに、こちらの話をいちいち顔をしかめながら、わざと分からないようなふりをし、首をかしげながら聴いている。

 

特殊な事情を持ち込んでいるのはこちらなので致し方ない。ここ以外に選択肢もない。身を小さくしてお願い事をするように申し込んだ。だが、あまりの態度の悪さに最後の方のやり取りで思わず少し語気が強まってしまった。

 

すると今度は一転して、サクサクと事情を理解し始めてスパスパと事を運んでいく。出来るなら最初からお願いしますよと思うのだが、こちらも後味が良くない。

 

*

 

こういうことはしたくないのだが、あまりにも程度が悪く、それなりの態度で接しないとまともに対応してくれないのでは、しょうがない。今後はBtoCの企業には人が集まらないというブログを読んだけど、こういう店なら客の方も行きたくないだろう。

 

小売りの接客業の人気が落ちれば、そこに集まる店員は他の職業より質が低くなるだろう。客も店員も質の低い、殺伐とした小売り店が増えるのか。

 

いや元々過剰だった神様接客が本来のレベルに戻るということか。でも客側から見ると接客側もヒドイよ、という例もあると思う。

 

近年この店は、アンケートリサーチで他の量販店よりもアフターサービスが悪いとか、ネットショップのショールーム化してるとか言われてるけど、実店舗で接客が悪いのではそういう結果にならざるを得ない。店を構えるのであればソフトの部分に力を入れていかないと客離れして当然だと思うのだが。

 

*

 

ブラックで有名な店で、あの店員さんも気持ちをすり減らしているのかもしれない。こちらが特殊な事情を持っていったのだから、こちらに問題があると言えなくもない。しかしながら、鞭を入れなければ動かぬ馬を与えられたら、客はどうしたらよいのだろうか。

そば屋でトッピング

普通のお蕎麦やさんで、例えばニシンそばに天ぷら一個乗せたいとか。

そういうのってあんまり無い気がする。

うちの近くのそば屋さんが、閉店してしまったが、食堂というのは

なんとなくそういう融通性みたいのがもう少しあっても良いと思う。

本来問題なのは「時給」ではなく「月給」だ。

最低時給論が話されているが、本当に問題なのは「月給」なのだ。

月給が一般に低く、

さらに「月給取り」(正社員)が減って「時給取り」(非正規)が増えた。

この現状が問題なのだ。

 

そもそもバブルのころだって最低賃金は500円前後。

それで暮らしていこういう人間はいなかった。

だがその頃は正社員が多く、月給取りなら普通に暮らしていけた。

 

今は普通に暮らしていける月給取りである正社員が減らされ、

給料も30年上がっていない。

非正規は増え、だから時給が重要になってきている。

 

最低額という分かりやすい規定があるので、

話題になりやすいのが時給。

そこで月給問題が話されることは相対的に減ってしまっているようだ。

でもそれでは根本の問題がより遠のき、高い時給にだけが導入されれば、

様々な歪みが現れてくるだろう。

 

最低賃金を上げろという説も分かるが、

では自分でそのような事業をやってみる人間はいないという点で、

御察しだろうと思う。

(ただし山本太郎のような財源を他に求めるならまあわかる。現実性は別として)

 http://el-bronco.hatenablog.com/entry/2019/06/19/165105

http://el-bronco.hatenablog.com/entry/2019/05/29/093138

http://el-bronco.hatenablog.com/entry/2019/03/28/220928

http://el-bronco.hatenablog.com/entry/2016/06/29/153233

小泉劇場以前の日本は政治不信が根強く、若者の多くは政治に興味を持っていなかったが、小泉氏登場で驚くほどの注目が集まり、テレビ番組も政治を多く取り扱った。

 

こうなる前のテレビタックルなどはゆるめの社会情報バラエティー番組だったが、がぜん政治を取り扱い始め高視聴率をとっていたと思う。その中では与野党の有名政治家が時代劇の扮装でコント仕立てのミニドラマを演じ、人気を博すほどだった。

 

この政治ブームは政権交代まで続き、H15年は6割ほどだった投票率が7割まで上がった。しかしやはり民主党の堕落で国民は一気に政治への期待を失った。

 

マスコミの報道が不自由になったのかなと感じたのは、小沢氏が検察に調べられたころから、なんとなく風向きが変だなと思うことがあった。それは自民党が政権を取り戻した後も続き、マスコミが政治全般や批判に対しトーンダウンをしたようだった。何があったかは分からない。

 

インターネットでの選挙活動はまだ制限も多く、テレビの代わりにまではなっていない。これらの結果、投票率は下がり続け五割を切った。

かつて吉本と団体交渉して干された芸人

 

ルーキー新一

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%BC%E6%96%B0%E4%B8%80

干されて酒浸りで死んだと言う。

弟はレツゴー正児(最後に三波春夫でございますと言う人)。

 

タレントさんたちも組合を作るべき時期だと思う。

それができなくても、今回の吉本騒動は示唆もあったと思う。

 

例えば役員に芸人を入れたり、書面を通したり、代理人制度を認めさせたり、

軟着陸の方法はあるようにも見える。

 

ビートたけしの発言はさすがに長年ファミリーを食わせてきた人の気概みたいなものがあり、また規模こそ違えど、事務所クーデターは昨年のこの人がさきがけでもあった。

 

ジャニーズの公取問題にも通底する話を感じる。

 

 

芸能人も一人親方

宮迫さんが引退するという。

会社はこれからもこういう契約(?)のやり方かえませんよ、という。

一人詰め腹状態なのか。

好きなタレントさんでもないので、しょうがないねとも思うけど、

会社はコレで本当にいいのかしら。

 

この会社だけでなく、きっと多くの芸能人が「一人親方」なのかもしれない。

だから何かあると個人の責任となる。

 

*

 

ウーバーイーツで事故が起こったときの対応が話題になった。

 

これも言わば一人親方問題だ。

 

雇用責任はとりたくないが、使い勝手良く労働者として使いたい。

 

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建設業界でも一人親方問題は長年解決されず続いている。

http://www.roudousha.net/keiyaku3/060_oyakata.html

 

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今後、一人親方型の実質雇用というのは一般社会にも広がるかもしれない。

派遣社員の保護が拡充されてきたら、フリーランスとして仕事を与えますという

使役システムをIT技術で簡便に使えるようになるかもしれない。

 

 

昨年、全米音楽業界でロックよりヒップホップのほうが売り上げシェアが大きくなったというニュースがあった。

 

なんでも栄枯盛衰なので特に感想もないのだけど、ヒップホップ以前は、ロックも元々不良文化だったんだろうと思う。

 

だけどいくら悪いと言っても、ロックの悪というのは、せいぜい麻薬を自分でたしなむという程度だったと思う。しかしながらヒップホップの悪さというのは、麻薬を売る方の悪さであって、それは組織的な感じがある。本当に悪い感じが怖い。

 

人が倒れていた

今日少し散歩をしていたら、うつ伏せで倒れているおばあさんが視界に入ってきた。周りには心配した通行人が、立ち止まり始めていた。

 

本人が歩いていたのか自転車に乗っていたのかはわからないが、男子学生の自転車とぶつかって倒れたらしい。

 

うつ伏せのままではあまりに気の毒だったから声をかけようと思ったが、ピンクの服を着た70くらいのおじさんが、もうすぐ救急車が来る、このままの体勢のほうがいいんだ、と不機嫌そうに言い出したのに気押されて何もしてあげられなかった。

 

幸い近所の人などがタオルを持っていたり介抱し始めていた上、人が集まりすぎるのも良くないようにも思え立ち去った。おばあさんも質問に答えたり、会話をしていたので大事ではなかったと思いたい。

 

その時周りの人を見回すと、緊張感と不安感でなんとなく殺気立ったように皆で顔を見合わせたりした。突然の出来事に親切心や不安な気持ちを持ち寄って輪になっていたのに、どうにもお互いに同調しきれず、信じきれない、居たたまれない空気。その不穏な雰囲気がまだ少し残っている。こういう時はどうするべきなのだろう。

 

 

先日ラジオで高橋洋一が、消費増税をされても、軽減税率を弾力的に運用することで実質減税を行うことはできる、というような話をしていて目から鱗だった。

 

例えば全ての商品を8%に、5%に軽減するといったような。

 

でもそしたらなんでもありじゃんね。

令和新選組の政策読んだら経済の部分にその通り! と思えたので候補者はどうなるのか注目していたが、どちらかと言うと多様性に寄せた人選に見えた。

 

まずは経済の反緊縮政策に向けて若い経済学者とか揃えるのかなと思っていたので、ちょっと拍子抜けである。そんな簡単に優秀な人材は集まらないか、という嘆息も出た。

 

ブレずに緊縮経済の矛盾をドンドン突いたほうが正攻法だと思うのだが、豈図らんや、これら候補者が経済政策にすごく強かったりするかも知れない。そこまで見透した人選なら天晴れだけど。