野良馬ヒンヒン

思いつきを記録しています。下らぬものです。

ボーイジョージが復活してた。かっこいいわ

カルチャークラブのドラマーが脱退したというネットニュースを見て、

まだやってたのかとびっくりしましたが、元恋人だったドラマーと一緒にいるのが無理、というボーイジョージ側の理由からだそうです。

いやいやドラマーは家族と過ごしたいからだという情報も。

www.barks.jp

 

最近のボーイジョージの様子を見ると、結構現役ぽくっていいですね。

19年ぶりの新作を出したところだそうです。

キーは下がっていますが、ゴスペル風の曲に説得力があります。

 

 次の曲もめちゃめちゃかっこいい。

イントロでハープを吹いている人が件のドラマーのような気がする。

 

 やっぱり天才なんですね。

 

そのボーイジョージがお母さんにカミングアウトしたときの歌と言われているのが、下の曲で、とても良い曲です。これの収録されたアルバムは30年ほど前に大ヒットした名作です。カーマは気まぐれだけじゃなくて、全曲とても良いです。中学生のころ友人にカセットを借りたのを覚えています。中でもこの曲はやはりゴスペルライクで素晴らしいですね。 

 

 

今思うとドラアグクイーン的な存在を初めて知ったのはこの人だったかもしれません。

こういう時代にボーイジョージが復活するのって、なんだか象徴的な気もします。

売れるとおもしろいなぁ。

ロスジェネの原罪

自分もロスジェネ。痛い思いもしてきた。

元はと言えば戦後のベビーブーマーの2代目世代だ。

戦後高成長の中育ってきたので20歳前後までは押せ押せの世代だった。

人数も多く、競争も激しかったが、それに見合う未来を期待されていた。

 

がしかし、バブルは弾けた。

三重野日銀はハードランディングを選び、衝撃は巨大で未だに尾を引いている。

あつものに懲りた財務省は景気回復の抑制を過剰に行ってきたが

逆にこれに味をしめ自家中毒を起こし、国民から搾取し自己保存する方向へ進んだ。

その結果、景気が回復することは無く、やがて失われた30年となる。

 

現在我々世代はスケープゴートのようにあちこちへ突き回されている。

梯子を外され、そろそろ未来の厄介者だ。

まさにおとなしい山羊だ。

何も考えず乳や毛や子を毟られ、飼い主や犬に追われ、

僅かな宛てがい扶持を貰うのに鳴いて頭を下げている。

 

 

防げなかったか?

過去最大の人口層を得ていれば、選挙投票の中核になり得たのではないか。

それは行使されなかった。30年。

投票率は大体半分前後だ。

じゃあ、こういう扱いも半分は自業自得だ。しょうがない、あきらめろ。

 

今まで幾度とあった投票日。

自分達はなにをしていた?

友人や恋人、家族と出かけたり、ただ休日を楽しんで終わっていなかったか?

惰眠を貪り、夕方の選挙速報を無意味と冷笑し、バラエティ番組で時間を潰していなかったか?

その日2、30分、投票に割けなかったか?

自分の一票など意味がないと知ったクチをきかなかったか?

どうせまた今度も行かないんだろう?

その結果が今の我々だよ。

 

権利は与えられている。

なのにそれを20年30年行使してこなかった。

その結果がコレ。

これを自己責任という。

 

たしかに労働運動は敷居が高いだろう。

しかし投票は数年に一度、家の近くの投票所に行くだけだ。

それすらしてこなかった。

そしられても仕方ない。

 

以前はよくこういうことが言われた。

日本の民主主義は与えられたものだ、

血を流して勝ち取ったものではない。

 

だから、そのせいか今でも権利を粗末に扱う。

己の権利なのに。

これは己を粗末にしてることと変わりない。

投票日が来る度に、自らゴミ箱に飛び込み続けた四半世紀だった。

 

自分だけじゃない。自分の家族も捨て続けた。

明日、家族の首を絞めるのは自分だよ。

 

自分の一票では何も変わらないという浅はかは間違っている。

一票でも投票率は上げられる。

投票率の高さが大事なのだ。

一方に大勝させないことが大事なのだ。

 

官僚を選ぶことはできないが、政治家は選べるのだ。

次の選挙の当落が不安定であれば、それが緊張感を生み、

正しい仕事を目指すことにつながり、やりたい放題を防止する。

国民の存在感を主張することになる。

 

 

まずは自分には権利があるということを思い出そう。

それを忘れてることがまず我々の罪なのだ。

自立した野生の山羊は気高く断崖を登り、自らの草を食むではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロウィンと反社会性

渋谷のハロウィン騒ぎを見てると

これが武器を持った暴動だったら、渋谷の警察は抑えきれないのではと思った。

 

5時に夢中!で、平山夢明も現代のええじゃないか騒動のようだ、

何か不満が溜まってるのか、と語っていた。

 

*

 

ハロウィンが盛り上がるのに対照的に、町の祭りやクリスマスは鎮まっている。

 

古来からの祭りには、昔は農村生活からのカタルシスがあったかもしれないが

今はむしろかつての日本の面影を追うノスタルジーが強いかもしれない。

そしてクリスマスは家庭や仲間、恋人同士の平和のイベントだ。

 

*

 

ハロウィンの独自性は不穏な事だろう。

モンスターの仮装や、お菓子という利益と引き換えに攻撃を避けるようなギミック。

生きているものではなく、死者の祭りである事。

 

渋谷でのそれは、不気味なメイクやコスプレを大人が纏うという形に発展し、

中には強い暴力性や直接的に死をイメージさせるものもある。

また性的に解放された衣装もあり、意図せずも全体に本来の道徳や社会通念を越えた感がある。

 

つまり平和と愛のクリスマスは鳴りを潜めたと同時に

無意識のうちに反社会性を帯びるようになったハロウィンが勃興したと言えないだろうか。

 

*

 

これが現代日本を象徴した出来事でないことを願いたいと思う。

 

キャッシュレス手数料は三者分担が良い。(利用者・システム会社・利用店)

キャッシュレスでの手数料は利用店のみの全額負担というのは過酷で、

現実的ではない。

 

既にクレジットカードが上陸してから数十年でやっとキャッシュレスの割合が18%。

 

これは良く報じられてるように手数料の高さが問題。

そしてその手数料を利用店のみに押し付けるという、公平性を欠いたシステムが背景。

 

ではどうすればよいか。

 

カードの利用者も、システム会社も手数料を払い、三者で分担すればよい。

 

カード利用者は、カードが使えないと不便だと言う。

だから使えれば便利だと言う。

つまりカードを使うことで、利便性を享受しているわけだ。

であれば彼らも手数料を負担すればよい。

 

カード会社はどうか。

カード会社が手に入れたデータはビッグデータとして二次使用されるという話がある。

これが本当なら、二次使用料として手数料を払うべきと思える。

 

ということで、三社が同じように負担すれば4%くらいと言われる手数料も約1.33%くらいになるわけだ。

 

現在の状況では、これが明解だろうと思う。

そうすれば店側の負担が軽くなり、利用可能店舗が増えるだろう。

 

*

 

これまではお店で買い物をする現金払いのお客さんにも、負担を願っていたシステムであるが、公平性を欠いている。

 

店側が手数料全額負担というのは、一番負担を受けていたのは、全く無関係の現金払いのお客さんだったのだ。

 

店が手数料を全て負担する、このシバリというのは民間会社の中の決まり事であって、国を挙げての決済方法としてレベルアップをするのであれば、これまで以上に広く公平性を担保されなければならない。

 

国が発行している現金を使うのが割を食うということは、あってはならないことである。そして国がキャッシュレスを推すのであれば、その責任も負わなければならない。

 

*

 

であれば、手数料のある程度の負担も国の責任ではないだろうか。国が1%でも負担すれば、四者分担でさらにそれぞれの負担は軽くなる。

 

しかもそのお会計の中には消費税も含まれているのだ。

消費税というのは、徴収するのに実に楽な税金なのだ。

だって勝手に店が徴収してくれるのだから。

からしたら、国や自治体から手数料を取りたいくらいだ。

その分だって考えてもよいと思う。

 

今後キャッシュレスを拡大させるのであれば、そういう議論があってもよいと思う。

 

 

ネットでのクチコミ文化の曲がり角

以前から、アマゾンレビューや食べログなどのクチコ批評が問題あるのではないかという話は合ったけど、グーグルクチコミなんかも含めて曲がり角に来てるのではないか。

 

というのも星数での採点というのは、ちょっと短絡的すぎるし、

それによる弊害も多いと思う。

ワザと大勢で、星一つの不評を積み重ねるようなレビューも見かける。

 

星採点や五段階評価のようなものをもうやめたらよいと思う。

何か書き込みたいことがあれば、文章でならまだ救われないだろうか。

その方がずっと成熟した文化だと思う。

 

*

 

そういえば、30年前のミュージックマガジンの新譜紹介コーナーの

採点方法をめぐって、同じような話が盛り上がっていたのを思います。

とうようズトーク、遠くなりにけり。

 

 

el-bronco.hatenablog.com

↑の続き

 

もしかしたら、本当にそれは可能性があるかもしれない。

組合のようなものを作って企業を経営する。

例えば「眼鏡の21」は参考にならないだろうか。

 

news.livedoor.com

president.jp

 

*

 

NHKを見ていたら面白い番組をやっていた。

www.nhk.or.jp

資本主義は行きつくところまできたのではないか。

新しい考え方として「イスラム金融」が取り上げられていた。

眼鏡のトゥーワンとどこか近いところがないだろうか。

 

また貸し手は必要以上に儲けず、借り手に対して面倒みよく付き合う、

というのはかつての日本の銀行の理想の姿だったのではないか。

 

貸し先に無理なく成長してもらい、大きくなった分、

また大きく借りてもらい、長い付き合いで、互いに利を得ていく。

そういう視点が無くなったのではないか。

 

現代の経済・経営は短期間で結果を出させようとする。

三カ月単位で経営状況を発表し、半年ごとに配当を求める。

 

例えば、配当は五年後に受け取るまで待てば、少し色を付けて渡す、

のような形で長期化を促すことはできないだろうか。

 

*

 

今年は社会もインターネットも曲がり角、もしくは転換点に来たように感じる。

新しい価値観が生まれることを望みます。

 

 

「○○オタク」というと鉄道とかガンダムとか特撮とか、

特定の分野のオタクに絞られるのだろうか。

 

しかし単に「オタク」というと、

かつてはそういった各分野を集めたオタク全体の総称としていたと覚えてるのだけど、

近年は「オタク」というとアニメやアイドルなど萌系(?)のオタク達を指しているように感じる。実際はどうなんだろう。

 

二十年くらい前は「オタク」という言葉に「マニア」という意味合いが多かった気がする。そしてもう少し、メカ的だったりプラモデル的な要素が強かった気がするのだ。

 

 

実物の本や手紙の価値

インターネットで見つけた内容の優れたぺージも、

たくさんある記事の中の一つという感じで、

画面の中で右から左へ流してしまっている。

 

やっぱり単なる情報にすぎないし、

さらに最近はネットで言葉を検索しても、

思った結果に中々たどり着けないという感もある。

 

電子書籍も試したが、ネットサーフィンの延長くらいに思える。

情報を検索するタイプの書籍には向いているが、

作品としては、実物の本の持つ存在感にはかなわない。

 

*

 

一冊の本というのは、それで完結したひとつの世界を持っている。

その中に没頭するには、手触りや重みが欲しい。

メールに対しての手紙もまた同じように思える。

 

作品として、また個人の思いとして、大切なものには姿形があったほうがより良い。

そこには物であっても人格のようなものが現れる。

 

 

最低賃金1500円を目指す人たちはそういう事業体を自ら作った方が早いのではないか。

成功事例を出せば、世論からの追い風も増えるだろうし、

成功ノウハウをフィードバックすることもできる。

 

中小零細が苦しんで消えて、焼け野原の上で大企業が大喜びするかもしれないけど。

まあ、隗より始めよ、ということで期待している。

 

↓に続く

el-bronco.hatenablog.com

ビートルズのエンジニア死去。

rollingstonejapan.com

 

ジョージ・マーティンが5人目なら、

この人は6人目のビートルズと言ってもいいと思う。

 

そして彼の残したスタジオの記録本がまた素晴らしかった。

ビートルズサウンドのマジックの一端を解き明かしてくれた。

後世に残る仕事だと思う。

 

その仕事をオファーしたのが、日本のビートルズシネクラブだというからいい話だな。

昔から月刊ファンジンを発行していたけど、その中の連載企画の一つだったらしい。

 

これ以外にも面白い証言などが集められた沢山の連載を持っていたはずだから、

まとめて発刊したら良いのにと思うけど、どうだろう。

電子書籍のコストが下がったら、そういうこともあり得るのでしょうか。

 

欧米人のライターの文章だったら、英文に戻して世界中の市場にリリースできそう。

これくらいのビッグアーチストについての本は、

一定以上の需要が世界レベルであり得そうだけど…。

 

良いことも人を成長させる

つらいこと、悲しいことを耐え忍ぶと人は成長するというけど、

やはり楽しいこと、うれしいことも成長させると思う。

 

明るくおおらかに他人を受け入れる器や

他者との間の喜びみたいなものは、

つらい風にばかり当たっていてもなかなか育たない。

というか気づけない。

 

愛情や幸運にはぐくまれると伸びる芽も多いのだと思う。

 

悲しい谷間ばかり歩いていても、

陽の当たる道ばかりでも、

正反対の側への想像力は働かないから、両方が良いのかな。

低さも高さも味わった方が。

歯科専売の歯ブラシを使ってみたら全然違った。

歯がちょっと調子悪いので、歯医者さんでケアのレクチャーを受けた。

歯ブラシについては、こういうものが良いといった指定はなかった。

 

でも歯科専売がやはりよいのではないだろうかと期待を持って、

アマゾンで注文してみた。一本100円くらいなので、安かったから。

 

実際使ってみると、全然違う。

 

見た目は小さめヘッド、毛束が二列細目に並んでいる。

なんとなく子供用歯ブラシのアタマみたいで頼りなさげにも見える。

柄も細目。

 

しかし磨いてみると、その違いがはっきりする。

まず弾力が凄い。

市販の歯ブラシの毛の素材はナイロンが多いらしいが、

これはポリプロピレンという素材。この弾力が力強い。

たしか100均のプラスチック商品によく使われている素材だ。

毛の密度も高いらしい。

 

よって、汚れがよく落ちてる気がする。

歯触りもきもちがいい。

これはくせになる。

 

さらに1週間使っても、まったくヘタリを感じない。

なんとナイロン毛よりも、4.2倍長持ちするという。

 

実際に、自分が市販の硬めの歯ブラシを使っても、一週間するとヘタリはじめる。

それを全く感じない。

リピート確定しました。