野良馬ヒンヒン

思いつきを記録しています。下らぬものです。

ネットにないものの方が価値が高い。

インターネットには何でもあると見えて、こぼれ落ちるものもある。

どの会社も個人も店も大概サイトを持ってるように見えて、そうでもない。

そういうものの方がミステリアスだったりもする。

ネットにない情報の方がむしろ面白く、価値があり、想像を膨らませる。

 

中にはわざとそれを狙って、思わせぶりな連中もいるみたいだけど、

それは却って下の下に感じる。あざとく浅ましい。

ちょっと何かを匂わせておいて、みなはしゃべらない。

分からない部分を残して、それでいて存在感を出したい、

ひっそり注目されたい。

やらないなら潔く全部やるな、と感じてしまう。

 

それでもネットに遠い文化はある。

昨今、注目のスナック文化も、ネットに上がらないものだから、みんな気になってるのではないか。

 

ネットにないもの、ネットになびかないもの。

他にはなんだろう。

FM雑誌が好きだった → スペックより愛着

中学生のころは、二週間に一度FM雑誌を買うのが楽しみだった。

FM fanと週刊FMが渋くて大人っぽくて好きだった。

どちらかを選んで買った。

 

FM雑誌というのは、コンビニで買える音楽情報誌だった。

各音楽ジャンルの専門雑誌に出会うまでは、自分にはラジオとそれが音楽情報のすべてだった。

 

今ネットで音楽情報を探る人たちも、以前はFMラジオを聴いて、

場合によってはカセットテープで録音した。

これをエアチェックといって、音楽好きは結構みんなやっていた。

新聞のラジオ欄より早く二週間分の番組スケジュールを見るためにFM誌はあった。

 

FMfanは、格調高い感じの誌面が落ち着いていて好きだった。

大人向けだったと思う。

鮎川誠氏と東ひさゆき氏のチャートボムという対談コーナーが楽しかった。

東さんは

music-calendar.jp

ここで書いてらっしゃるようだ。

 

週刊FMはもう少し若い購買層を意識してたと思うけど、

浮かれた感じがなく、正統派だった。

カセットテープのインデックスカード(ジャケット・表紙のようなもの)

が毎回付いてきて、これがしゃれたデザインで素敵だった。

各雑誌でそのセンスが違うのだけど、週刊FMは海外の何気ない風景だとか、

大人っぽかった。絵でいうと印象派っぽい(よくわからん)。

なんとなくあの頃はみんな無邪気に外国に憧れていたのだ。

そのころの空気みたいなものが写っていたように思える。

取っておけばよかったなぁ。

レタリングシートとかで複写してアルファベットでタイトルを書いたりした。

この雑誌が一番好きだったかも。

 

週刊FMは特に年に一二度、付録が付くのが楽しみだった。

名盤300! とかが中綴じに付いてきた。

それでポップ音楽の流れが大体把握できた。

今でもあれを読みたいなーと思う。

もうとっくにどっか行っちゃったけど。

 

FMレコパルとFMステーションは表紙が軽薄でミーハーで

今一つに思えて買わなかった。

 

 FM雑誌はポピュラーからクラシック、ときには伝統的な邦楽まで含んでいたので、好き嫌いなく音楽に興味を持つきっかけになっていたと思う。

 

ステレオの記事から電気やスピーカー工作に興味を持ったり、

昭和の男子の趣味雑誌という感じがした。

 

昔は音楽を自由に聴くことがなかなか難しかった。

ラジカセすら手に入れるのに大イベントだった。

そこに貸しテープ屋から借りてきたテープをダビングしたりして、

自分のものにした。

LPレコードを買うのは、本当に晴れがましかった。

めちゃめちゃ吟味して、一度聴いて失望しても、

好きになるまで繰り返し聴いた。

FM雑誌でラジオ番組追いかけて、録音したり、レタリングしたり手間がかかった。

すると愛着というものが沸くのだなぁ。きっと。

 

手に入れるのが難しかったりすると、そこには手に入れるまでのドラマや想いが付着する。そしてそれは他人にはわからない自分だけの価値なのだ。周りにどう思われるとか、一般の評価とかは関係ない。それが愛着だ。

 

もしかして、今の世の中に足りないものは、愛着なのかもしれない。

スペックは愛着を産まないのかもしれない。

スペックより愛着。

 

マスコミは政治家は批判するが、省庁は批判しない

という傾向があると思う。

 

叩きやすいものは叩く。

強いものは避ける。

 

であれば、むしろ政治家の方がスケープゴートなのだ。

強くて怖い本丸とは仲良くしてるのだろう。

 

 

世代間で罵り合ってる場合じゃない

ネット上で社会問題が取り上げられると、

世代間での格差の話に帰結することが多いように見える。

 

しかし国民の間で対立しても意味がない。

社会の責任は個々の国民よりも、行政立法や大企業の経営陣に大きいはずだが、

それを責める声は少ない。

 

むしろ国民同士で互いを憎み、罵り合い、責任をなすりつけあってもらってたほうが、

彼らには好都合なのだ。

 

このままじゃいけないのだ。

 

マイ偏見 アメリカ人の方が交通マナーがいい

昔、米軍住宅のそばに住んでいるときにアメリカ人って交通マナーがいいなあと思ったことがあった。

 

交通量の多い道を横切るようにわたる、信号機のない横断歩道。

 

まず日本人の車は止まってくれない。

きちんと止まってくれるのは、米軍住宅の人の車だけ。

中にいるのが外国人でナンバーが特殊だったと思う。

 

いまでも老犬を連れて散歩していても、

似たような横断歩道を渡るときに止まってくれる車はいない。

  

 

kindleで目が疲れる瞬間

ページをめくる動作をする瞬間に、サッと画面もめくれたような動きをするけど、あれが苦手。

目が疲れる。

 

わざわざめくれるような擬似動作させなくて良いから、シームレスに流れるようにして欲しい。

無意味。

歳をとったら、仮に社交辞令や嘘、虚礼であっても、

善意・厚意を示されることはありがたいと思えるようになった。

オッサンもみんな赤ちゃんだった

そして赤ちゃんもみんなオッサンになる。

 

老人もみんな若者だった。

そして若者もみな老人になる。

 

あ、赤ちゃんはオバサンになる子もいる。

世代別の投票率をみると若年層が低く、高齢層が高い。

だから高齢者向けの政策が優先されるという。

 

そういう世代間格差もあるけど、

もうひとつの格差が若年の投票率と関連してると思う。

 

現在法人税減税など大企業優遇の経済政策が進んでいるように見える。

そもそも純利益に掛かる法人税を下げれば、自然と経費率は下がる。

経費を抑えて利益をたくさん出しても、法人税を取られにくくなっているから。

当然経費である労働分配率も上がらない。

 

中小企業は利益を残して法人税を払うほどの余裕がないので、

もともとあまり利益は残せない。

そうすると法人税が下がって得してるのは大企業だけとなる。

 

大企業で働いてる個人は法人税減税で得するどころか、逆に人件費を抑制されている。

中小企業で働いている個人も、法人税減税で得をしていない。

 

個人消費も実質賃金も年金支給額も下がっている。

年金掛け金や健康保険料額や消費税は上がっている。

 

つまり大企業の経済活動は優遇されているが、個人の経済は冷遇されている。

個人から吸い上げ、大企業を優遇する。

分断されているのは世代間だけでなく、経済政策にもある。

大企業経済と個人経済だ。現在の経済構造は大企業VS個人なのだ。

 

官僚と大企業が天下りで結びついているんだろうか。

間を政治家が太鼓持ちになって取り持っているんだろうか。

 

コレだけ騒がれた今回の選挙も結局五割程度の投票率だった。

個人が直接権利を持って政治にかかわることができるのは、ほぼ選挙だけだ。

その権利を放棄しているから、立法行政は国民をなめて、大企業優遇を続ける。

 

たしかに全体の投票率が低い。

その内訳を見ると、伸びしろが一番あるのが若年層なのだ。

この格差を縮めるための鍵がそこにある。

 

投票率が高ければ、政治家に対して国民個人の存在感が強まる。

そういう意味でも、投票率が上がるようであってほしい。

自分とは何か、から他人とは何かへ

インターネットの内面系の話の方向性はそっちへ向かっていくのではないかと、なんとなく思う。自分の興味が勝手にそうなっているだけかもしれないけど

ビートルズのリヴォルバーはメンフィス録音の可能性があったかもしれない

以前読んでいたスタックスの関連の本には、ビートルズ/サザンソウルのファンには結構衝撃の話があった。それ以外の人には全く意味がない話だけど。

 

あまり知られてないかもしれにけど、ジョンとポールはメンフィスソウル、とくにスタックスレーベルのファンだった。「ラバーソウル」発売半年後の66年メンフィス公演の記者会見でそう話した。メンフィスのミュージシャンとセッションしたいね、MG'sのために曲も書いたよと。ちょっとリップサービスすぎるかもしれないけど。

 

たしかにラバーソウルの音はソウルっぽいかもしれない。すこしこもっていて、太くてグルーヴィーな感じもするのだ。

 

そして公演の前後、ビートルズ側のスタッフがスタックスの事務所に、もしかしたら近い内に、スタックスのスタジオ(映画館を改装したもの)を借りてレコーディングの可能性を考えたいという話が内密に伝えられた。

 

その話は内密だったものの、スタックスの事務所は盛り上がり、すぐに周囲の知るところとなり、噂は町に広がった。やがてビートルズがやってくるという話で大騒ぎとなり、ビートルズ側はこれでは落ち着いて仕事をすることは不可能と判断し、話は流れた。

 

もともとあまりビートルズを好ましく思ってなかったような古手のシンガーまでが、ビートルズファンになってしまうほどの衝撃だったらしい。MG'sのスティーブ・くろっパーはもしかしたら、俺たちもビートルズと一緒に演奏や録音もできるかもしれないと心を躍らせていたらしい。可哀想。

 

あの時、メンフィス録音がスタックススタジオで行われていたら、リヴォルバーは現在のあのような音ではなかったかもしれない。 

 

その後、メンフィスソウル系のミュージシャンとビートルズが交流した話はちょっと聞いた覚えがない。残念。しかしMG'sは騒動の数年後、ビートルズのカバーアルバムをリリースする。タイトルはアビーロードにあやかって、ビートルズが使用するはずだったスタックスのスタジオ前の通りから「マクレモアアベニュー」。

 

この話は、この本にあったと思います。手元にないので細かい部分はちょっと違うかもしれないけど。

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希望の党の敗因は、小池さんの排除発言がマイナスに影響したからという説で収束しそうだけど、それ以上に、むしろバラ色すぎる公約が現実味なかったんじゃないかと思う。皆、民主党の時を思い出したのでは。

だれでも一度は大きな修正をする

仕事ができる人ほど、過ちを修正するのが早い。

成長するのが早いから、いつまでも過去の考えや思い込みに囚われないのだろう。

 

誰しもが一度は大きな修正をする。

自己否定を乗り越えて成長する。

そこで初めて自分の頭で考え始める。

 

それを避けているといつまでも、同じトラックをぐるぐる回ることになる。

見渡すと一緒に走り続けているのは、

生気をなくした顔の古くからの腐れ縁ばかりだったりする。